赤いグローブ
小さい頃から人と微妙に違うものが欲しかったようだ。
僕が最初に買ってもらったのは、赤いグローブだった。小学校三年の時、成績がひとつでも上がったらという約束でもらった真っ赤なグローブは大人用で、重く感じたのを覚えている。
広場に初めて持っていたとき、「おお赤じゃん」と友達が寄ってきた。
みんなが持っていたのは、茶のスタンダードなものばかりで、少し自慢げに小さな手に大きなグローブをはめていた。
雨が降り、野球が出来ない時は、革靴に塗るクリームを摩り込み、ボールを挟んで紐で結わき型を作った。
最初は硬かったグローブが、だんだんと手に馴染み柔らかくなっていった。
父ともよくキャッチボールをした。
我が家のキャッチボールは少し変わっていて、父がピッチャーをやる。別にキャッチャーの英才教育をされていたわけではなく、最初は僕がピッチャーをやっているのだが、途中で飽きてしまった父が「代われ」と言い、入れ替わるのだ。
父は加減を知らない人で、最初は軽く投げているのだが、そのうち力を入れ始める。ちゃんとして野球経験があるわけではないが、一通りスポーツに手を出してきた父の球は速かった。しかも僕は小学生だった。
捕りそこね、顔で受けることもあったが「軟球で死んだやつはいない」と意に介さず続ける。
けれど慣れというのはあるもので、そのうち僕も捕れるようになってくる。そうするとカーブを黙って投げ込んできたりするのだ。逸らすと、「予想しなきゃな」と言われる。
そして飽きると自分から「終わり!」と言って家に帰ってしまうせっかちな人だった。
せっかちといえば、なんでもパワーアップする人だった。
父は技術屋だったので、少しの故障は治してしまった。たまに分解して組み立てなおしたとき、部品が余ることはあっても、いらない部品だからいいのだ、と開き直っていたが、壊れているものならともかく、普通に使えるものまでいじり始める。
髪の毛を早く乾かしたいという思いで改造したドライヤーは、途中で火を噴いた。掃除機は後からゴミを吐きだした。風呂釜を改造しようとした時は、さすがに母に止められていた。
本人は早く沸かしたいという単純な理由だったが、そんなことで家が吹っ飛んだら命がない。ドライバーを手に、父は未練たらたらだった。
こうして父との思い出を書いていくと、エピソードには事欠かない人だったのだと、あらためて思う。
けれど意外と思い出の品はない。もちろん火を噴いたドライヤーなど残っているわけはないのだが。
ふたりでたくさんキャッチボールをして型を作った、赤いグローブもどこへ行ったのか、捨てた記憶はないのだが見当たらない。
父がキャッチボールで残していったのは、遊びの型だったのかもしれない。
「手を抜くな!遊びにはなによりも真剣になれ!」
そう言い続けた父の声が耳に残っている。


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僕が最初に買ってもらったのは、赤いグローブだった。小学校三年の時、成績がひとつでも上がったらという約束でもらった真っ赤なグローブは大人用で、重く感じたのを覚えている。
広場に初めて持っていたとき、「おお赤じゃん」と友達が寄ってきた。
みんなが持っていたのは、茶のスタンダードなものばかりで、少し自慢げに小さな手に大きなグローブをはめていた。
雨が降り、野球が出来ない時は、革靴に塗るクリームを摩り込み、ボールを挟んで紐で結わき型を作った。
最初は硬かったグローブが、だんだんと手に馴染み柔らかくなっていった。
父ともよくキャッチボールをした。
我が家のキャッチボールは少し変わっていて、父がピッチャーをやる。別にキャッチャーの英才教育をされていたわけではなく、最初は僕がピッチャーをやっているのだが、途中で飽きてしまった父が「代われ」と言い、入れ替わるのだ。
父は加減を知らない人で、最初は軽く投げているのだが、そのうち力を入れ始める。ちゃんとして野球経験があるわけではないが、一通りスポーツに手を出してきた父の球は速かった。しかも僕は小学生だった。
捕りそこね、顔で受けることもあったが「軟球で死んだやつはいない」と意に介さず続ける。
けれど慣れというのはあるもので、そのうち僕も捕れるようになってくる。そうするとカーブを黙って投げ込んできたりするのだ。逸らすと、「予想しなきゃな」と言われる。
そして飽きると自分から「終わり!」と言って家に帰ってしまうせっかちな人だった。
せっかちといえば、なんでもパワーアップする人だった。
父は技術屋だったので、少しの故障は治してしまった。たまに分解して組み立てなおしたとき、部品が余ることはあっても、いらない部品だからいいのだ、と開き直っていたが、壊れているものならともかく、普通に使えるものまでいじり始める。
髪の毛を早く乾かしたいという思いで改造したドライヤーは、途中で火を噴いた。掃除機は後からゴミを吐きだした。風呂釜を改造しようとした時は、さすがに母に止められていた。
本人は早く沸かしたいという単純な理由だったが、そんなことで家が吹っ飛んだら命がない。ドライバーを手に、父は未練たらたらだった。
こうして父との思い出を書いていくと、エピソードには事欠かない人だったのだと、あらためて思う。
けれど意外と思い出の品はない。もちろん火を噴いたドライヤーなど残っているわけはないのだが。
ふたりでたくさんキャッチボールをして型を作った、赤いグローブもどこへ行ったのか、捨てた記憶はないのだが見当たらない。
父がキャッチボールで残していったのは、遊びの型だったのかもしれない。
「手を抜くな!遊びにはなによりも真剣になれ!」
そう言い続けた父の声が耳に残っている。
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力の使い方
手を差し出し、
そっと握れば、
相手はきっと温かさを感じてくれるだろう。
強く握れば
相手に意思を伝えることができるだろう。
ただし臆病者は加減がわからず、
相手を威圧する力を込める。
傷みとともに恐怖感を与える。
しかし覚えていなければならない。
力はいずれ衰えることを。
そのとき強く握ったはずが、
相手の力が上回り、
臆病者は媚を売るだろう。
相手に憎しみを与えたことを知らずに。
慕われない権力と嫌な人との握手はどちらも嫌悪感を生むという意味では似ている。


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そっと握れば、
相手はきっと温かさを感じてくれるだろう。
強く握れば
相手に意思を伝えることができるだろう。
ただし臆病者は加減がわからず、
相手を威圧する力を込める。
傷みとともに恐怖感を与える。
しかし覚えていなければならない。
力はいずれ衰えることを。
そのとき強く握ったはずが、
相手の力が上回り、
臆病者は媚を売るだろう。
相手に憎しみを与えたことを知らずに。
慕われない権力と嫌な人との握手はどちらも嫌悪感を生むという意味では似ている。
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届くとも届かなくとも
大切に思う気持ちに嘘偽りがないはずなのに、
それが伝わるとは限らない。
どうして届かないのかと、
一所懸命投げかけたのに、
虚しく横をすり抜けていった。
気持ちは自分ひとりのもので、
それは相手にしても変わらない。
努力は孤独な作業だから、
それは相手にはわからない。
でも無駄ではないのだと、
間違いではなかったと、
いつか、
たとえ自分が大切だった人の前にはいなくても、
伝わるときが来ると信じていたい。
そうでなければ、
大切な人をもつことが、二度と出来なくなりそうだから。


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それが伝わるとは限らない。
どうして届かないのかと、
一所懸命投げかけたのに、
虚しく横をすり抜けていった。
気持ちは自分ひとりのもので、
それは相手にしても変わらない。
努力は孤独な作業だから、
それは相手にはわからない。
でも無駄ではないのだと、
間違いではなかったと、
いつか、
たとえ自分が大切だった人の前にはいなくても、
伝わるときが来ると信じていたい。
そうでなければ、
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The Show Must Go On
人は毎日なんらかの障害にぶつかる。
それは小さく気づかないことであってもだ。
失敗によって出来た傷は、その大小に関わらず残って行く。
その傷を悔いとするのか、悔しさにするのは人によって違う。
ただ反省を繰り返してもなにも変わらない。
反省は繰り返すものではなく、取り返すためにある。
誰だって傷つくのは怖い。
しかし取り返す機会が何度もあると思うのは間違いだ。
時に永遠がないように、やり直す時間も限られている。
前を向いて駆けている人ほど、その怖さをわかっているからこそ怯まず進んでいるのだ。
悔いを残した過去を振り返ることはいつでもできる。
だから今は悔しさを抱えて前へ一歩を踏み出せ。
それが勇気というものだ。


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それは小さく気づかないことであってもだ。
失敗によって出来た傷は、その大小に関わらず残って行く。
その傷を悔いとするのか、悔しさにするのは人によって違う。
ただ反省を繰り返してもなにも変わらない。
反省は繰り返すものではなく、取り返すためにある。
誰だって傷つくのは怖い。
しかし取り返す機会が何度もあると思うのは間違いだ。
時に永遠がないように、やり直す時間も限られている。
前を向いて駆けている人ほど、その怖さをわかっているからこそ怯まず進んでいるのだ。
悔いを残した過去を振り返ることはいつでもできる。
だから今は悔しさを抱えて前へ一歩を踏み出せ。
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後悔の意味
「人生が二度あれば・・・」と誰かがいっていた。
たとえば記憶をそのままに、過去に戻れたとしても、わずかな失敗を消せるだけだろう。
「あの時こうしておけば・・・」
そのときへ戻ってやり直せたとしても、そこから続く人生はまったく別のものになる。
大切な人との出会いはなくなるかもしれない。
想い出も別なものと差し替えられてしまう。
違う喜びはあるだろうが、それと同じだけの悲しみや苦悩を味わうことになる。
だから「後悔しないように行動しろ」といわれる。
しかし後悔のない人生などないだろう。
人は欲深く、どれだけのものを手に入れても満足ができない。
周りから見ればすべてを手に入れているように見える人でも、わずかな不幸を嘆いている。
後悔を“後で悔いないように行動する”ことと思えば苦しくなる。
“悔いた後にそれをどう生かすか”そう考えれば無駄ではないと思えてくる。
後悔にはきっとそういう意味もあるのだろう。


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たとえば記憶をそのままに、過去に戻れたとしても、わずかな失敗を消せるだけだろう。
「あの時こうしておけば・・・」
そのときへ戻ってやり直せたとしても、そこから続く人生はまったく別のものになる。
大切な人との出会いはなくなるかもしれない。
想い出も別なものと差し替えられてしまう。
違う喜びはあるだろうが、それと同じだけの悲しみや苦悩を味わうことになる。
だから「後悔しないように行動しろ」といわれる。
しかし後悔のない人生などないだろう。
人は欲深く、どれだけのものを手に入れても満足ができない。
周りから見ればすべてを手に入れているように見える人でも、わずかな不幸を嘆いている。
後悔を“後で悔いないように行動する”ことと思えば苦しくなる。
“悔いた後にそれをどう生かすか”そう考えれば無駄ではないと思えてくる。
後悔にはきっとそういう意味もあるのだろう。
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