FC2ブログ

スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エッセイ
05 /08 2011
海の夢を見た。
ゆったりとカーブする海岸線を走る電車から、夏の日差しに光る穏やかな青。
どこの海なのだろうか?
僕の思い出の中に、あれほどきれいな海はない。

小学生の頃、夏休みのほとんどを千葉の親戚の家で過ごした。
銚子に近い外房の小さな町。
娯楽といえるものはなにもないところだった。

そこで僕は年の近い従兄弟ふたりと毎日のように海へ行く。
親戚の家から海までは、潮の香りがするほど近いのだが、そこはテトラポットが置いてあり泳げない。
海水浴場までは、子供の脚で30分ほど歩かなければならなかった。

着いたからといって、泳げるとは限らない。
黒潮の海は少しの風を感じるだけで波を高くし、しょっちゅう赤い旗が立つ。
この旗が出ると遊泳禁止になる。
黄色の旗は注意を促すために出るのだが、このくらいが子供にとって一番楽しい波だった。

小さな黒い浜を駆け出し、僕らは海に飛び込む。
波打ち際でもかなり高い波が出ていて、それにわざと巻かれる。
水泡に空の青と砂地の黒が目の前を通り過ぎ、体が回転するのを感じながら、浜に打ち上げられる。
そんな遊びをしていた。
今思うと、かなり危ない遊びだ。
けれどその頃は、危険ということを感じなかった。
危ないより楽しいが上回っていた。
だんだんとその比率が逆転しているような気がする。

ビーサンが革靴になって足元を気にするようになった。
Tシャツがスーツになって汚れを気にするようになった。
高い波にわくわくするより、穏やかさを求めているのだろうか。

どんな穏やかな海でも波のない海はない。
平凡に生きようと思っても、時は風を起こし波を立てる。
逆らおうとすればなおさら、時の満ち干きに自分を持っていかれる。
自分がどこにいるのかわからなくなることもあるだろう。
それを教えてくれるはずの、太陽や月、星が雲に隠れてしまったら、不安で仕方なくなる。

それでも泳ぎ続けなければならない。
誰も導いてはくれない。
自分で探さなければならない。
雲が遮るなら、晴れるまで待つしかない。

時が過ぎるのを頼ることが、弱いことだと思わないことだ。
自分がどうにも出来ないことを、卑下することは無い。
期待するのはいいが、傲慢にならないことだ。
時の住人である以上、立ち止まっているようで少しずつ進んでいる。

想い出は時を経ると美しくなるという。
それならば夢で見た海は、きっと幼い夏の頃に行ったものなのだろう。
この春、その海は壊れてしまった。
だけどいつか蘇るはずの海やその周りの景色は、僕が夢に見た美しいものになっているかもしれない。


blogram投票ボタン


にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・ポエムへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

ryoukouno

紘野涼です。
「スワローズ観察日記R」の管理人
仕事はフリーランスでライターやプランナーなどその他もろもろという感じです。
こちらではメインブログ、仕事では書けないようなもの、これまで書き散らかしたものをまとめていこうを思っています。
当サイトに掲載されている文章は、紘野涼に著作権があります。
無断転用、掲載はご遠慮ください。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。