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赤いグローブ

エッセイ
02 /20 2012
小さい頃から人と微妙に違うものが欲しかったようだ。
僕が最初に買ってもらったのは、赤いグローブだった。小学校三年の時、成績がひとつでも上がったらという約束でもらった真っ赤なグローブは大人用で、重く感じたのを覚えている。
広場に初めて持っていたとき、「おお赤じゃん」と友達が寄ってきた。
みんなが持っていたのは、茶のスタンダードなものばかりで、少し自慢げに小さな手に大きなグローブをはめていた。

雨が降り、野球が出来ない時は、革靴に塗るクリームを摩り込み、ボールを挟んで紐で結わき型を作った。
最初は硬かったグローブが、だんだんと手に馴染み柔らかくなっていった。

父ともよくキャッチボールをした。
我が家のキャッチボールは少し変わっていて、父がピッチャーをやる。別にキャッチャーの英才教育をされていたわけではなく、最初は僕がピッチャーをやっているのだが、途中で飽きてしまった父が「代われ」と言い、入れ替わるのだ。
父は加減を知らない人で、最初は軽く投げているのだが、そのうち力を入れ始める。ちゃんとして野球経験があるわけではないが、一通りスポーツに手を出してきた父の球は速かった。しかも僕は小学生だった。
捕りそこね、顔で受けることもあったが「軟球で死んだやつはいない」と意に介さず続ける。
けれど慣れというのはあるもので、そのうち僕も捕れるようになってくる。そうするとカーブを黙って投げ込んできたりするのだ。逸らすと、「予想しなきゃな」と言われる。
そして飽きると自分から「終わり!」と言って家に帰ってしまうせっかちな人だった。

せっかちといえば、なんでもパワーアップする人だった。
父は技術屋だったので、少しの故障は治してしまった。たまに分解して組み立てなおしたとき、部品が余ることはあっても、いらない部品だからいいのだ、と開き直っていたが、壊れているものならともかく、普通に使えるものまでいじり始める。
髪の毛を早く乾かしたいという思いで改造したドライヤーは、途中で火を噴いた。掃除機は後からゴミを吐きだした。風呂釜を改造しようとした時は、さすがに母に止められていた。
本人は早く沸かしたいという単純な理由だったが、そんなことで家が吹っ飛んだら命がない。ドライバーを手に、父は未練たらたらだった。

こうして父との思い出を書いていくと、エピソードには事欠かない人だったのだと、あらためて思う。
けれど意外と思い出の品はない。もちろん火を噴いたドライヤーなど残っているわけはないのだが。

ふたりでたくさんキャッチボールをして型を作った、赤いグローブもどこへ行ったのか、捨てた記憶はないのだが見当たらない。
父がキャッチボールで残していったのは、遊びの型だったのかもしれない。
「手を抜くな!遊びにはなによりも真剣になれ!」
そう言い続けた父の声が耳に残っている。


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コメント

非公開コメント

No title

更新待っておりました☆

素敵なお父様との思い出ですね。
僕も父とキャッチボールしたあの日のことを思い出しました!

赤燕さん

更新が滞って申し訳ありません^^;
観察日記が有料なのでそちらが優先となってしまい・・・。

ただ昨日は父の命日だったので、こういうのを更新しました。

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まとめteみた【紘野涼の雑記帳】

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ryoukouno

紘野涼です。
「スワローズ観察日記R」の管理人
仕事はフリーランスでライターやプランナーなどその他もろもろという感じです。
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